身のまわりにはいつも何かが

身のまわりにあることを書いていきます。これから色々な分野に挑戦していきます。

マスキングテープ

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私がよく利用しているものの中にマスキングテープがある。これはとても良

い。使用方法は工夫次第でいくらでもありそうである。私が使用しているもの

は100円ショップで購入できる紙製のテープのことだ。これがマスキングテー

プとして販売されているかどうかは分からない。マスキングテープとは、私の

理解では塗装や工事の際に該当部分意外に色や傷がつくことを防ぐために使用

するテープである。

 

私の使い方は、付せんのように使う。食品に日付を貼ったり忘れてはいけない

キーワードを物そのものに貼ったりする 。またセロハンテープの代用としても

優秀だ。紙製のため手で簡単に切ることができる。そして剥がすことも容易だ

し再度貼りなおすこともまったく問題ない。付せんよりも粘着性が強いようで

書類を数枚壁に貼っておくこともできる。

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そして最近はデザイン性も向上してきた。色々なデザインのプリントがしてあ

るテープも登場してきた。これは買いだ。

 

 

ゴーヤの種の変化

家庭菜園のゴーヤの実もだんだんと熟したものが増えてき た。まだまだ暑いが季節の

移り変わりは確実に進んでいるようだ。今までけっこうな数のゴーヤを収穫してきたが

以前収穫したゴーヤから採った種と最近採った種が明らかに異なっていた。

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左の濃い茶色の種が最近採った種で右の種は8月初旬に採った種だ。

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8月初旬に採った種

 

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最近採った種

 

植えてみないと何とも言えないが何となく後者の方がよいゴーヤができそうな壮健な印

象だ。来年が楽しみである。

復活!

私は家庭菜園でヘチマ、ゴーヤを育てていて今の時期にはすでに立派な緑のカ

ーテンになっている。ゴーヤは4月に苗を購入し梅雨の時期に爆発的に成長し今

ちょうどいい具合だ。そしてヘチマは種から育てて今も旺盛な成長をしてい

て、素人の感覚だがまだまだヘチマは成長を続ける予感だ。緑のカーテンとは

よく言ったものでこの時期の日中の強烈な日差しを吸収する。すだれのように

ただの日よけではない。なぜなら蒸散をするからだ。専門的な話はよく分から

ないが植物にとってもこの時期の日差しは死活問題なのだろう。長時間日差し

を浴びていると干からびてしまうのではないか。それを解決しようと葉の小さ

な穴から水分を発し気化熱で熱を下げるという私の理解だ。素晴らしい機能で

ある。最近街中で商店街や店舗の軒先で水蒸気を機械で噴射している場面をよ

く見かける。近くを通ると視覚的にも体感的にも涼を感じられる。これに近い

感じだと思っている。

 

このような素晴らしい機能を持っているのだが、やはりこの気温と太陽光線は

厳しい環境なのだろう。晴れた日の午後にはこんな力無く残念な感じになって

しまう。土を見ると乾いていてちょっと悲しくなる。

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しかしすかさず水をたっぷりやり15分程度待ってみるときちんと復活してい

る。とても張りのある生命力あふれる葉に元通り。これは面白い。本当は水を

切らさないのがベストだろうがそれもなかなか難しい。この瞬間がとても好き

である。水をやれば復活するのは経験で分かっているのだが毎度、ヘナっとし

ている葉を見ると危機感に襲われる。見事な復活である。

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年月というものを考える 【梅酒】

2017年7月31日の読売新聞朝刊の「ぷらざ」という記事に梅酒についての話があった。

91歳の女性と思われる方の梅酒に関する投稿だ。

 

ずいぶん昔に作った梅酒を含む果実酒があったことを新聞記事を読んで思いだしので取

り出してみたという。古いものは昭和59年に作った。そして味見をしてみると何ともい

えない味わい深さがあったという。年月を経た価値を味わい、「歳月を飲む」というこ

とを発見しこの夏を楽しい気持ちで過ごしているという。

 

昭和59年と言えば1984年、33年前だろうか。最初梅酒を作った時は、この年月を想定

してはいなかっただろう。驚きなのは、梅酒というものは30年以上も保管ができ飲用で

きるということである。しかも年月という絶妙な調味料を得て他に代用できない味を出

している。私もこの記事を読んで以前に梅酒を作ったことを思い出した。探してみると

ラベルには2015年3月とあった。

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新聞記事のような梅酒の年月には到底及ばないが忘れていた梅酒の存在が分かり幸せは

味わうことができた。味見はしなかったがこの記事の方のように更に年月を足して味を

深めてみようと思う。

重労働と引き換えに

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先日、近くの八百屋で珍しいものを見つけた。ココナッツミルク、椰子の実である。表

示にはベトナム産とある。やはり南国の果実は日本では商売ができる程の栽培はしてい

ないのであろうか。国産が安全という意識はあってつい外国産は避けたりしてしまうが

商品によっては外国産の方が価値が高いと思ってしまうものもある。ココナッツミル

ク、中国福建省産のウーロン茶、フィリピンのバナナ、ブラジル産のコーヒー等々。私

の勝手なイメージで本当のところを突き詰めたら安心とか安全なんてのは分からない

が。

 

ココナッツミルクを買ったはいいがどうやって飲めばいいのか分からない。

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以前にベトナムで飲んだときには実の真ん中に穴が開いていてストローがささっていた

のを覚えている。しかしどうやって穴を開けるのだろうかとしばらく考えてみたが良案

は浮かばず包丁で穴を開けることにした。

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恐ろしく硬い。包丁でたたくのだが数ミリしか削ることができない。これは途方もない

作業である。特殊な道具が必要だとは思うが包丁しかない。

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結局包丁で開けたのだがもう疲労困憊である。味は重労働と引き換えに素晴らしい清涼

感あるやさしくさっぱりした甘みの飲み物だった。ココナッツミルクという果実は穴を

開ける重労働とセットになった素晴らしい飲み物であった。

二毛作

今年の4月くらいに夕顔の苗を買った。家庭菜園で野菜ばかりでは物足りない

と思い観賞用に朝顔とセットでここ数年購入している。野菜をメインとしてい

るため夕顔、朝顔は小さな鉢を使用している。そのため百花繚乱には程遠いが

遠慮がちで控えめな可憐な花を咲かしてくれる。

 

今日の話題にする夕顔は朝顔が朝咲くのに対し夕方に花を咲かす植物だ。朝顔

とセットで揃えれば一日花を楽しませてくれる。去年は真っ白の花の夕顔を買

ったのだが、今年の夕顔は薄いピンクだ。つぼみは槍のような形をしていて花

は大きい。花びらは薄くふわふわと風になびく。何と言っても一日の終わりに

に花を咲かせることが素晴らしい。

 

一通り咲き終わり今年も終わりだなと思っていたが、ある日夕顔を見てみると

何と以前の様に瑞々しい力のある緑の蔓があった。あのボロボロの状態から復

活したのかと思い驚いていたが、よく観察してみると新しい夕顔の苗と思われ

るものが生えていた。つまりこういうことだ。一度、夕顔は一生を終え種を作

った。それが自然に土に落ち再び芽を出したのだ。これには驚いた。通常、そ

の年に採った種は次の年以降に蒔く。一年に二回も花を咲かせることができる

とは知らなかった。これはもう、二毛作と言っていいのではないか。残念だが

今の時点では花はまだ咲いていないが一つの季節に二回も花が期待できるとは

幸運である。

 

 

「もう一つの祖国 戦後70年 祖父はベトナムに残った(朝日新聞過去記事から)」 最終話

朝日新聞縮刷版 2015年7月27日の記事を読んだ感想である。

 

日本兵の元山さんは83歳で亡くなった。亡くなる直前までベトナムへ帰りた

いと話していた。娘はその思いを実現するために元山さんの遺骨とともにベト

ナムを訪れた。その後、兄、母も他界しベトナムとのつながりが薄れていくよ

うだった。しかしハノイには姪にあたるホアイさんがいる。日本人の眼科医を

支えるホアイさんと将来、日本料理店を経営する夢がある。日本とのつながり

を途切れないように、そんな想いがある。

 

戦後70年が経ち日本とベトナムの関係も大きく変わった。日経企業が増え、外

務省が行った世論調査では日本は最も信頼できる国となっている。もう日本人

ファシストと呼ぶ人たちはいない。ホアイさんは日本兵の孫であることを誇

りに思っていると言う。戦争のせいでバラバラになった残留日本兵の家族の分

まで日本との縁を深めたいと話している。

 

これで旧日本兵ベトナムの話は終了だ。

 

戦争がありそこにある事実があった。ある人たちに起きたある事実。その事実

を知り考える。何を考えるかは人それぞれだろうが、絶対的に悲しい事実は存

在する。進んで悲しい選択をする人はいないだろう。極論を言えば人は経験し

たことしか考えられないし実行できない。しかし想像することはできる。想像

するには情報が必要だ。情報を知らないために想像ができないということは十

分に起こりえる。想像を欠いた時に悲劇は起こる、ということが今回私がこの

話を読んで考えたことである。是非、朝日新聞縮刷版を閲覧しこの記事の原文

を読み考えてほしい。