蔓なしいんげんベビーから過去と現在を考える
蔓なしインゲンについにベビーが誕生した。記念すべき第一子である。まだ本当に小さ
な小さなインゲンである。二センチにも満たない存在である。いつだって思うのだ。植
物の花が咲くとき、実がなるとき、葉が色づくときは初めて見るかのような感動が湧き
おこる。これは不思議な現象である。なぜならこれまで何度も見てきたし何度も感動し
てきたからだ。
例えば、このインゲンベビーを発見したのは今朝であるが昨日に過去のインゲンの写真
を見たとする。しかしながら今朝の感動は昨日の写真を見たにもかかわらず新鮮に脳に
直撃する。写真とは過去を見る媒体であって今を見る媒体ではないということが分かっ
た。今を見ることとは体で感じることである。逆に言えば体で感じない刺激は現在の事
象ではないということである。体感することはいつだって新鮮に感じる。それは体を動
かしたり食事をしたり旅行をすれば分かる。読書は実体験ではないことを知ることがで
きるが想像することでもある。想像は仮想的な行動に思えてしまうかもしれないがそう
ではない。想像は体感なのである。これは人間の機能の中でも相当重要な機能ではない
か。想像がなければ人間はこれまで生き延びることはできなかったのではないか。
とまあ、特に裏付ける理由などはないが蔓なしインゲンを観察していて思ったことで
あった。